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銭ゲバ

この1月クールで、唯一真剣に見ていたドラマです。
正直、スタートするまで全然注目してませんでした。原作漫画を知らなかったので、そのタイトルの印象から最初はコメディータッチの作品だと思っていました。織田裕二の『お金がない!』的な感じ。
でも初回、ふとチャンネルを合わせて見てみると、重くシリアスでまったく真逆のドラマでした。


初っ端の回から、小学生の風太郎(齋藤隆成)*1が人を殺す内容でしたからね。衝撃的の一言。
その後の回でもショッキングな場面は多々あって、何と言うかいかにも「衝撃作」然とした雰囲気もあったのですが、でも核心を突くようなメッセージ性に回を追うごとに見入ってしまいました。
途中、スポンサーがコカ・コーラ一社を除いて提供クレジットに加わらないという異例の事態に発展しながらも、尚もその内容をゆるめなかったことに並大抵ではない気概も感じました。このようなドラマが放送されること自体が、今の時代にあってスゴイな、と感じました。


そして、昨日放送された最終回―。
前回のラストで、自らの死を覚悟し、爆弾を身体に巻き付け導火線に着火し、自縛した風太郎(松山ケンイチ)。あとは死を待つのみ。そんな時に風太郎の頭をよぎった「理想の幸せ」が、最終回のなか刻々と描かれていました。
ありふれた日常、でも対極にある日常…。
偶像の幸せのなかで、これまで(イビツな形で)出会った人たちを再配置しては想い描き、そして現実との落差をただただ痛感する。その感覚がやがて、自分自身に対しても到達した時、風太郎は初めて狼狽した。その末路もまた、衝撃的でした。


しかしながらこのドラマが最後まで凄かったのが、風太郎が想い描いたこの「幸せ」も、「お金が一番だ」ということを否定する内容では決して無いということ。
想像のなかの人物は現実と比較して、その性格や言動自体は大きく逸脱しているわけではなく、ある意味、違和感もなく自然と見ることができた。では、想像のなかと現実と何が違ったかと言えば「環境」なんですよね。そして、この場合の環境の違いっていうのがことごとく「お金」という一点に収束してしまう。
この最大限の「皮肉」があるからこそ、最後の最後、「みんな銭ゲバだ」という言葉も、風太郎が死んでもなお重く響く。


良い作品でした。

銭ゲバ 上 (幻冬舎文庫 し 20-4)銭ゲバ 上 (幻冬舎文庫 し 20-4)
ジョージ秋山

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*1:『流星の絆』で長男・有明功一の幼少期も演じている。どちらも重い役だけに、それをこなす子役って凄い。